仮想通貨なクソネミ日記 ( ˘ω˘)

クソネミが色々考えたりするブログ

【Part 10:ブラック部活って...なんじゃらほい】

こんにちアフタヌーン(´・ω・‘)

 

さて、いよいよ「ブラック部活って...なんじゃらほい」の、おまとめです。

 

ついにこのトピックも終わりです(次回は番外編で読書感想文)。

 

今までのトピックでは、部活の問題ってこんな状態だね、という「現状把握」に努めてきました。


でも、現状を見たり・今の状態を整理したするだけなら、批判するのと同じくらい簡単なことです。一定レベルの情報収集のハードルは、大変低い時代ですからね。良い時代になりました。

 

また「あれダメ、これダメ」と、ダメな理由を上げるのも、極めて容易なことです。


簡単なことは良いことですが、「考える」というステップを踏まないと個人的に楽しくないのです。

 

難しい (だからこそ価値がある) のは、
1. 「で、どうすんねん?」の部分に、「〇〇しましょう、なぜならば~」と提言すること、
2.合意できた後、提言を実際の動作にうつすこと

 

この2点セットだと僕は信じています。

 

だからここでは、分不相応な、そんな大変難しいことをやろうとしているわけです。しかもアクションの部分は自分で何も出来ないという。


以下、9割9分、的を得た提言は出ません。1分に価値があるかもしれない。無いかもしれない。でもそれでいいんです。多分。

 

さて、何にせよ自分なりの答えを出さないことには、このトピックも終わりません。

 

問い 

 

立てた問いは、

「2018年 東京の高校部活動は、顧問を持つ教員・生徒・保護者にとって、労働・賃金・活動時間・疲労度・部活から得られる効用が、持続可能になっていないのではないか。例えば、ミクロの視点では、現行職員の健康(心と体)、生徒の健康(心と体)、教員志望者数への影響、部活動における怪我や事故、保護者の期待と子供へ提供されるもののアンマッチが起こるのではないか」

 ↑↑でした。

 

結論

 

結論としては、

「一部持続可能ではない。パレート改善は、それぞれの主体(教員、生徒、保護者)において可能。」

です。

 

但し書きとして、

1. 既に効用Maxな主体は除外

2. 効用の最適なあり方は、

     地域・組織毎に異なる

3. 全体の効用を上げるために、

    少数の人は引き続き損害を被る可能性がある

4. 部活に明るい面はあるが、ここでの主題は

「部活に関わる主体のパレート改善の可否」


レベル別に考えたとき、大体こんな感じになりました↓↓

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大・中のレベルについては、小・極小のレベル以上に1次情報がないので、そこは想像で補わなければいけません。

 

が、パターンによる認識を通じて考えれば、「大局を見通す」ことは、そこまで難しくないかなと。タイミングの予想と、個別未来予測はほぼ不可能ですけどね…。

 

教育産業全体(小・中・高)の労働環境改善、特に賃金と労働時間過多の解決には、時間がかかると予想しています。

 

国の予算配分や、一般会計歳出の実績推移等、過去のパターンを見れば、優先順位とインパクトはある程度分かりますね。

 

善し悪しは別として、教育については優先順位が低いのは明らかだと思います。

今出ている「部活動の緩和」っぽい行政の動きは、まぁポーズではないでしょうか。

一応とりくんでいるぜ、という。

 

一般的に、スピード決定が遅い順に、司法・立法・行政=>他公共部門=>民間=>家計=>個人消費者、と言われています。


これは、意思決定のサイズと、影響を受ける順番でもあります。

 

この点から、教育産業全体の労働環境改善案が、立案・実施・反映されるのは、5年~10年ぐらいかかると考えます。

もしくは、その前に現場が破綻(に近い)状態になるかもしれませんね。

その綻びは、徐々に表層に表れてきているように思います。


そもそも、1, 2年で解決できるものであれば、ここまで顕在化することもないでしょうから。
※「改善案が検討されれば」の話ですが。

 

また、労働時間と心・体の健康については、相関があると考えます。

仮に教育産業界の残業時間レベルが10時間/月となった場合、精神疾患患者・過重活動による体調不良は減るでしょう。


上記の労働時間改善案が、副次的に、産業全体の健康レベルを改善するのでは、という希望的観測を持っています。

 

以上の通り、全体感だけを重視してしまうと、個人でできるのは「投票(=政治への直接的なアクション)」ぐらいになってしまいます。

 

また、大局の予想は容易であり、教員・生徒・保護者という、個のレベルで考えた意味もなくなることから、レベル大・中については、あまり重要視していません。 

※もちろん彼ら/彼女らへの働き掛けは継続的に必要。

 

レベル小 各組織レベル

これについては、

・既存のワーキンググループへの参加、

   乃至は参加、
・自らワーキンググループを創出、

 

この2点が具体策になると考えています。

これは、下記オレンジ色部分、「ワーキンググループの強化」と同義です。

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恐らく、実態としては、そもそもそんな場が少ない、乃至は形骸化しているのではないかと。例えば、全員顧問制や全員入部制が存在しても、


そもそもこれは何の為だっけ?

皆で合意してたっけ?

見直しは必要ないんだっけ?

 

と、定期的な見直しを行う組織は少ないと思います。

 

だからこそワーキンググループを作り、周囲の高認知レベルの情報拡散が必要となります。関心や認知がなければ、人は動かず、組織も変わりません。

 

ワーキンググループとは、例えば、組織内意思決定者や中レベル以上の組織への働き掛け、極小レベル間での仲間集め、署名、ストライキ、教員の署名集め、PTA・教員・生徒のそれぞれで、部活反対グループを形成とか、なんでもいいのですが、

 

「明確な目的を持って現実世界で活動を行う2人以上の集団」を指します。

 

ただし、数の力は非常に強いものです。


極端な話、校内で全教員・全生徒が部活に参加しており、保護者を含めて全員の効用が非常に高い場合、 1人「部活は嫌だ!」と言っても、その環境を変えることは容易ではありません。

 

なぜなら、その1人の効用を上げるために、多数の人の効用を下げる可能性があるからです。そんな場合は、下記個人レベルを見て頂きたく。

 

各制度の変更や修正は、実務レベルではこの単位でのアクションが必要になると思います。

例えば全員顧問制度や、全員部活加入、土日休みの少なさなど。

 

行政がルールや方針を示したことが現場に反映されないというのも、過去から繰り返されるパターンだからです。プレミアムフライデーとか。

 

概ね、問題解決を望む人の20%がアクションを起こせれば、事態は好転すると考えます。 これは、パレートの法則(ほとんど経験則)*に基づく考えです。

 

そういう意味では、問題解決を望む組織にとって、モデルケース・成功事例をどんどん増やし、問題を認知する人を増やすことが欠かせません。

 

こういった強化を行うことにより、「高レベルな認知」に一刻も早く持っていくことが必要だと考えています。

  

全ての組織では実行不可能でしょう。しかし、既にいくつか上記のようなモデルは存在するのではないでしょうか。それらを繋ぎ・拡大していくことが、小レベルの課題だと思います。

 

レベル極小(個人)

個人レベルでのパレート改善には以下を提案します。

1. 死なないこと

2. 制約の把握

3. レベル小(組織)への働き掛け


どのアイデアも、「効用*の向上」に基づいています。*効用:何かを投入/得た結果得られる、ハッピー度

 

1. 死なない事
まずはこちら。効用を少しでも高くするために手っ取り早いのは、「マイナス要素を排除すること」です。

 

部活に関わる何らかの理由で、命を失うリスクがある場合、どのような主体か問わず、転職する、休学する、退部する、転部する、学校を変える、引っ越す、ボイコットする等、何らかの「マイナス効用を生み出す環境を変える」 オプションがあるはずです。


換言すれば、時間資源の投入方法を変える、ということです。

 

オプションが、「現在の行動を続けるしかない」というのは、厳密にはありえないでしょう。


可否で言えば「可」だが、難しい、という声も挙がるかもしれません。


しかし、ここまでの分析では、「時間資源を投入して何を得るか?」という文脈で話を進めてきました。


時間という資源はほぼ全ての人に平等であり、時間資源と得られる効用は、必ずトレードオフになります。

 

*トレードオフ
一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという状態・関係のこと

 

一定の時間資源を投入した結果、効用がマイナスであり、その状況を変えたいと思うのであれば、 時間資源の投入方法を変えるしかありません。

 

我ながら、残酷でハードな結論だとは感じています。が、もし上記のような場面に遭遇している人がいるとしたら、「頑張れ」「まだ大丈夫」と声をかける方が、よっぽど残酷だとも思います。

 

こんな提案をすると「職を捨てろと言うのか」「部活は仕組み上辞められない」「周りの人に責められる」というカウンターがあるでしょう。

 

僕の返答は、「より効用が高くなるならば、職を捨てても、学校をやめてもいいと思います。でも戦うのも自由です。他のオプションもきっとあるでしょう。ただ、環境が自動的に変わらない場合、どうされますか?」となります。

 

冷たい人間ですね、ごめんなさい(´・ω・‘)

 

でも、先生にも、生徒にも、保護者にも、部活の負の側面と戦ってまで、命を削って欲しくない、という想いが根底にあります。

 

 

いずれにせよ、大げさではなく、命の危険にさらされる人(特に教員と生徒)は今後むしろ増えると考えています。やばかったら逃げる。これは分かっていても実行しにくい、実は難しいアクションなのかもしれませんが。

 

2. 制約の把握
1より難易度は高くなりますが、「制約下における効用の最大化」を考慮するのも、1つの手段だと思います。

 

制約
主体は、制限がなければ効用を限りなく最大化しようとします。 しかし、一人一人が持ちうる資源には上限があります(時間然り、お金然り)。簡単に言えば、効用は無制限にあげられない。なぜなら、投入量に制約があるから。 

 

 

この「制約のもとでの効用最大化」が、次の一手になります。

 

例えば、サッカーから得られる効用が高い生徒がいたとしましょう。

 

サッカーはとても楽しいが、部活の非近代的なやり方には従いたくない。

 

この場合、お金があればクラブチームにいけばよいでしょう。個人コーチを呼ぶのも良いかもしれません。この時、「そんなお金無いよ」というのがまさに制約です。

 

その制約下での効用最大化とはなんでしょうか?主体が生徒であれば、

 

1. 部活は嫌、サッカーは好き。だから続ける。

2. サッカーは好き、部活は嫌。だから辞める。

3. 制度上止められないから転部する。

4. その他の(例えば上記の!!)オプション

 

保護者が主体で有れば、

1. 子供は、部活は嫌、サッカーは好き。

     だから続けさせる。

2. 子供は、サッカーは好きだけど、部活は嫌。          

    だから辞める。

3. 子供はサッカーが好きだけど、私は嫌い。

    だから辞めさせる。

4. 顧問に直談判。

5. 他の保護者や教員と協力して、

     部活動の緩和を狙う。

6. その他の(例えば上記の!!)オプション

 

他にもオプションはあるでしょうが、「自分の効用が最も高くなる状況を探し出す」ということになります。

 

3. レベル小(組織)への働き掛け 

これは、上記の文脈に沿えば、「戦う」というオプションです。

仮に「小数vs多数」という状況に直面すれば、効用は下がるでしょう。主体間において、そんな「戦う相手をやっかむ」ことは、どんな組織でも見受けられます。

 

効用が下がるのに、なぜこんなオプションがありえるのでしょうか?

なぜならば、異時点間(現在~未来)において、この行為を続ければ、将来的に効用が増大する可能性があるからです。

 

部活を推進する人であろうが、反対する人であろうが、このオプションを続ければ、「ワーキンググループの形成」に帰結します。

 

以上が、パレート改善の可能性を示す、量産型サラリーマンの考察です。

 

僕たちは極めて不公平な世界に生きています。

問題も日々、複雑になり、解決も大変です。

生きづらい世の中です。

肩も凝ります(´・ω・‘)

 

誰かが助けてくれる状況の人もいれば、最後まで1人で戦わなければいけない人もいるでしょう。今すぐに逃げ出さないと危ない人もいるかもしれません。

 

この不確実性が高まる世の中、部活問題においても唯一絶対の正解等ありません。でも、そこで考え・動くことを放棄しては、それこそ何も変わらないでしょう。

 

だから、僕は「考える」ことをしました。 

 

部活問題、皆様の「I think~because~」には、どんな言葉が入るでしょうか。

そして、なぜそう考えるのでしょうか。

 

理想形は描けませんが、日々パレート改善が繰り返される世の中になることを、肩凝りがこの世から無くなる事を願います。

 

今日はここらで(´・ω・‘)さいならー。