仮想通貨なクソネミ日記 ( ˘ω˘)

クソネミが色々考えたりするブログ

【Part 8:ブラック部活って...なんじゃらほい】

こんにちは (´・ω・`) 

 

課内に「休むことは良いことだ!!」の文化を作るべく、有給取得率100%を目指している休み大好き系量産型サラリーマンです。

 

今のところ進捗は85%。あと少しです。

 
さてブラック部活の話題を取り扱って8回目。
今回は、「データを見て分かったこと、思ったこと、感じたこと」

目次

 

データ感想文 

読書感想文ならぬ、データ感想文です。

 

一番強く感じているのは、「ブラック部活は存在するし、ブラック部活なんて存在しない」です。

 

SNS、ネット上の記事、TV等で見れば、「ブラック部活根絶!!」みたいな意見は、沢山見ることが出来ます。

 

一刻も早く変えなければいけないであろう環境(顧問、生徒、保護者)は間違いなく存在します。当事者たちにとっては、下手をすると命を脅かしかねません。

 

部活内の暴力、暴言、生徒間の関係、過重な労働...etc、そこに間違いなくブラック部活と呼ばれる空間はあります。

 

同時に、(ほとんど普及していませんが)対極にある「ホワイト部活」(全員の効用がMAX)に近いところもあるでしょう。

 

こういったところは「ブラックではない、こんな部活or学校がある」という文脈の身で扱われるため、大きく取り扱われることはない気がします。

 

そして、教育という産業を一歩出れば、ブラック部活を「自分ごと化」している人って、極めて少ないのではないでしょうか。

 

僕もツイッタ―をやらず、日経新聞を読んで、忙しい生活をしていたら、たまに見かける「ブラック部活」の記事をクリックすることはなかったと思います。

その世界に、ブラック部活は存在しません。

 

物流業界の現場の過酷さが話題になったときも、「知識」としては吸収していたものの、「自分ごと化」は出来ていませんでした。「物流業界の問題でしょ」ってな感じで。

 

過労死問題は少し違いました(ワタミしかり、電通しかり)。

 

悲しい出来事だと感じた後、携帯や新聞から顔を上げたあと、会社内でそんな兆候が無いか、課内だけでも自分から気をつけようと思いました。

 

オーバーワークの新入社員や若手の配分・配置を変えるよう、先輩と一緒に課長へ直談判しました。これは、個人的には「自分ごと化」出来た結果だと思っています。

 

部活問題を「自分ごと化」出来る人を増やす。

これは小さくとも現実を変える最初の一歩な気がします。

 

真面目くさくなりましたね。

 

なんか変なこと言わないと!バランスが!

いでよ、心の中のぶりぶりざえもん!

 


【分かったこと、思ったこと、感じたこと】 先生編

さて、切り替えてまいりましょう!

先生については、労働環境の過酷さでしょうか。部活に限らず、そもそもの業務量が大変多いなと。

データという観点では、労働時間や賃金については、ある程度材料がそろっている印象です。


効用という観点では、負の影響を持つ要素が多分にあると考えています。
(もちろん、先生だからこそ得られる効用もあるはずです)

部活問題を難しくしているのは、


1. そもそも部活を負担と感じていない、心の底から楽しめる人(先生、生徒、保護者)と、


2. 部活は負担でしかないと感じている人(先生、生徒、保護者)

この2点を両端に、その間に各主体が分布しているところでしょうか。


時には、この「端っこ同士」での議論をSNS上でも見かけることがあります。

今回の分析やデータ収集では、「制度・仕組み*」に注目しきれなかった部分がありますが、
結論には組み込みたいと思います。
*例:全員顧問制や、若手への負担偏り傾向等。

「高校」と一言で言っても、公立・私立という区分に加え、 普通科、単位制、専門学科総合学科高等専門学校定時制通信制、サポート校とあるわけで。

 

更にはそれぞれ学力レベルが異なり、その集団の中でもそれぞれ


1. 先生, 2. 生徒, .3 保護者がいて、独自の背景を持っている。 そしてそれぞれの組織内でも、(当たり前ですが)一枚岩になっているわけではない。

改めて、一元論、二元論では語りきれない世界が広がっているのだなと感じています


下手をすると、「学校の部活は~」、「先生は~」「生徒は~」「保護者は~」という言葉だけでも、 簡単に誤解を生んでしまうのですね。

先生の減少、志望者の変化、教員の質、年齢による構造、英語・プログラミング教育(本気でやるのか、これ?)等、 業界全体として課題は多いのでしょう。

1クラスに何十人もいるわけで、会社であれば相当なマネージメント能力が無ければ
コントロール出来ない数です。

僕の両親は教員でしたが、ストレスフルな社会で生き抜きつつ、育ててくれたことに一層の感謝が湧いてきます。

【分かったこと、思ったこと、感じたこと】 生徒編


良し悪しの判断はさておき、中・高の部活は、生徒たちが大変多くの時間的資源を投入してることが 分かりました。(そういえば小学校ってどうなんでしょうか...


これはデータからも見える部分です。

休みたがっている人も中々多いようですね。
生徒では、囚人のジレンマ*に陥っている人たちも多そうです。 皆がやるから僕/私もやる、乃至はやらざるをえない、みたいな。

 

*囚人のジレンマ
ゲーム理論におけるゲームの1つ。お互い協力する方が、協力しないよりもよい結果になることが分かっていても、 協力しない者が利益を得る状況では、互いに協力しなくなる、というジレンマ。各個人が合理的に選択した結果(ナッシュ均衡が、 社会全体にとって望ましい結果(パレート最適)にならないので、社会的ジレンマとも呼ばれる。 

詳細、下記引用先のWikipediaよりどうぞ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/囚人の%E3��レン�%83�

また、先生と同様、生徒も「全員入部」等のルールにより縛りを受けている人もきっといると思います。


そういった場合、部活に入りたくない人にとっては、このルールは効用を下げるでしょう。

 

因みに、部活好きな生徒にとっては、このルールは効用には影響を与えません。
なぜならそのルールがなくても、そのような生徒は部活に入るでしょうから。

【分かったこと、思ったこと、感じたこと】 保護者編


部活に関するデータがほとんど手に入らず、分析・検証が出来ませんでした。


部活というトピックに限って言えば、現場での直接的・且つ恒常的な関わりがない
(例えば運動部の顧問は現場で教え、運動部の生徒は現場で教わる)
のが理由の一つかと推測します。

 

この観点では、例えば「保護者の学歴と教育的支出の関係」のような枠では、 データが存在するのではないでしょうか。この場合は、保護者が支払の主体ですから。

但し、前回ブログでも触れたとおり、生徒が大きなダメージ(身体的、精神的)・事故等に遭遇した場合、もしくはその危機に瀕していることが分かった場合、 保護者は当事者となるでしょう。これは説明するまでもないかと。

 

同様に前回触れたとおり、データがなくても考察は進めたいと思います。

主張をサポートするデータがない中での考察となりますが、サラリーマンはそんなことではへこたれません。むしろ「データがないなかで、どれだけ考える&意思決定が出来るか」が、サラリーマンの本領発揮どころです。

 

データ感想文はこんなところでしょうか。

今週中には考察を終えられる気がしてきました。

そして今日は肩凝りがありません(´・ω・`) (やっほい!!)

 

それでは皆様、良い一日をお過ごしください。

今日はここらへんでドロン!!(´・ω・`)